歎異抄 第8章 念仏は非行非善なり

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歎異抄の原文

①念仏は行者のために、非行・非善なり。

②わがはからひにて行ずるにあらざれば、非行といふ。わがはからひにてつくる善にもあらざれば、非善といふ。ひとへに他力にして、自力をはなれたるゆゑに、行者のためには、非行・非善なりと[云々]。

語句説明

行者のために・・・行者とは修行者。本願を信じ念仏するもの。念仏者にとっては

非行非善・・・修行でもなく、善根でもないこと。善根とは、浄土に生まれる功徳の種や積み重ねのこと。

わがはからい・・・自分の考えや分別。

他力・・・自力に対する語。 阿弥陀仏の本願のはたらき

自力をはなれたる・・・自分の考えや修行を捨てて

歎異抄の現代語訳

①念仏は、それを称えるものにとって、行でもなく善でもありません。

②念仏は、自分のはからいによって行うのではないから、行ではないというのです。また、自分のはからいによって努める善ではないから、善ではないというのです。念仏は、ただ阿弥陀仏の本願のはたらきなのであって、自力を離れているから、それを称えるものにとっては、行でもなく善でもないのです。
このように聖人は仰せになりました。

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