歎異抄 第5章 まことの念仏

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歎異抄の原文

①親鸞は父母の孝養のためとて、一返にても念仏申したること、いまだ候はず。

②そのゆゑは、一切の有情はみなもつて世々生々の父母・兄弟なり。いづれもいづれも、この順次生に仏に成りてたすけ候ふべきなり。

③わがちからにてはげむ善にても候はばこそ、念仏を回向して父母をもたすけ候はめ。ただ自力をすてて、いそぎ浄土のさとりをひらきなば、六道四生のあひだ、いづれの業苦にしづめりとも、神通方便をもつて、まづ有縁を度すべきなりと[云々]。

語句説明

孝養・・・追善供養のこと。

有情・・・衆生、有情と意訳する。 情 (こころ) を有するもの。 生きとし生けるものの意。苦しみ悩む私達のこと

世々生々の父母・兄弟・・・すべての命あるものは、遠い過去から現在に至るまでに何度も生まれ変わり、その世界で時に親子であり、時に兄弟であったということ。

いづれもいづれも・・・だれもかれも。生まれ変わる中でみんなということ。

順次生・・・この次に受ける生。現在の命が終わって、次に生まれる時。

回向・・・回はめぐらすこと、 向はさしむけること。 自己の善行の功徳を自身の菩提、 または他にめぐらしさしむけること。 ここでは、「念仏を廻向」してとあるので、自分で念仏を唱えて功徳を積み振り向け、父母兄弟の故人のために唱えることを指し、それを否定している。

たすけ候はめ・・・助け救うことができるでしょうか。

自力・・・他力に対する語。 阿弥陀仏の本願を疑い、 自ら修めた身・口・意の善根によって迷いを離れようとすること。

いそぎ浄土のさとりをひらきなば・・・ただちに仏のさとりをひらいたならば

六道・・・衆生がそれぞれの行為によって趣き往く迷いの境界を6種に分けていう。 六趣ともいう。①地獄、 ②餓鬼、 ③畜生、 ④阿修羅、 ⑤人間、 ⑥天の6つ。

四生・・・衆生が生まれる4種の形態。 ①胎生 (母胎から生まれる)、 ②卵生 (卵から生まれる)、 ③湿生 (湿気から生まれる)、 ④化生 (よりどころなく、 ただ業力によって忽然と生まれる) の四。 一切衆生はみなこの4種の出生形態におさめられるから、 迷いの世界の総称ともされる。

業苦・・・悪業によってまねかれる苦悩の果報のこと。

神通方便・・・自由自在の不思議な手法、方法。

有縁・・・自分と関係のある者のこと。

度す・・・救済すること。迷いの世界から救い、さとりの世界に渡すこと。

歎異抄の現代語訳

①親鸞は亡き父母の追善供養のために念仏したことは、これまで一度もありません。

②というのは、命のあるものはすべてみな、これまで何度となく生れ変り死に変りしてきた中で、父母であり兄弟・姉妹だったからです。この世の命を終え、浄土に往生してただちに仏となり、どの人をもみな救わなければならないのです。

③念仏が自分の力で努める善でありますなら、その功徳によって亡き父母を救いもしましょうが、念仏はそのようなものではありません。自力にとらわれた心を捨て、速やかに浄土に往生してさとりを開いたなら、迷いの世界にさまざまな生を受け、どのような苦しみの中にあろうとも、自由自在で不可思議なはたらきにより、何よりもまず縁のある人々を救うことができるのです。
このように聖人は仰せになりました。

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