歎異抄 第1章 限りない願いの世界

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歎異抄の原文

①弥陀の誓願不思議にたすけられまゐらせて、往生をばとぐるなりと信じて念仏申さんとおもひたつこころのおこるとき、すなはち摂取不捨の利益にあづけしめたまふなり。

②弥陀の本願には、老少・善悪のひとをえらばれず、ただ信心を要とすとしるべし。そのゆゑは、罪悪深重・煩悩熾盛の衆生をたすけんがための願にまします。

③しかれば、本願を信ぜんには、他の善も要にあらず、念仏にまさるべき善なきゆゑに。悪をもおそるべからず、弥陀の本願をさまたぐるほどの悪なきゆゑにと[云々]。

語句説明

弥陀・・・浄土真宗の本尊。 略して阿弥陀、 阿弥陀仏ともいう。 西方浄土にあって大悲の本願により一切衆生を平等に救済しつつある仏。

誓願不思議・・・阿弥陀様の救済はすべての人を救うという誓いと願いは人間の思慮分別を超えているので不思議という。

往生・・・仏の世界へ往き生まれること。 ここでは阿弥陀仏の浄土に往き生まれることをいう。 往生浄土の略。

念仏・・・を念ずること。 仏の名号(南無阿弥陀仏)を称える称名念仏の略。

摂取不捨・・・阿弥陀様が、 念仏の衆生をおさめ救いとって決して捨てないこと。

本願・・・阿弥陀仏がすべての人を救済したいという願い、本当の願い。誓願とも言われる。

信心・・・仏の教えを信じて疑わない心。 阿弥陀仏の本願を深く信じて疑わない心。

煩悩・・・惑とも意訳する。 身を煩わせ、心を悩ませる精神作用の総称。煩悩を滅したさとりの境地にいたることが仏教の究極的な実践目的とされる。

衆生・・・多くの生類という意味。すなわち生きとし生けるものすべての生き物。 一般には苦しみ悩む凡夫である人間を指す場合が多い。

歎異抄の現代語訳

①阿弥陀仏の誓願の不可思議なはたらきにお救いいただいて、必ず浄土に往生するのであると信じて、念仏を称えようという思いがおこるとき、ただちに阿弥陀仏は、その光明の中に摂め取って決して捨てないという利益をお与えくださるのです。

②阿弥陀仏の本願は老いも若きも善人も悪人もわけへだてなさいません。ただ、その本願を聞きひらく信心がかなめであると心得なければなりません。なぜなら、深く重い罪を持ち、激しい煩悩をかかえて生きるものを救おうとしておこされた願いだからです。

③ですから、本願を信じるものには、念仏以外のどんな善もいりません。念仏よりもすぐれた善はないからです。また、どんな悪も恐れることはありません。阿弥陀仏の本願をさまたげるほどの悪はないからです。
このように聖人は仰せになりました。

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